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2009年5月

2009年5月30日 (土)

祝福された者

最近とても体調が良くなりました。
毎日ぐっすり眠れるし、上腹部の膨らみもかなり凹んできています。
肝臓の腫れが縮小していると自分では思うのですが・・

先日の外来では、肝機能、腎機能とも良好で2007年の10月当時の数値にまで
復調していると言われました。
当時は、サンドスタチン筋注が功を奏して痛みも無く快適だったころ。
もっと大喜びしても良いのに、私はブルー。

5月の連休あとにやってきた湿気と低温ですっかりやられました。

体調も良いし、運動不足解消にお散歩気分で歯医者さんへ。

往復で歩いた距離は1.5キロ。
あれれ・・帰り道が上り坂だったせいかな?
張り切り過ぎて年を忘れたせいか?

その夜、私は錆びたロボットと化していました。

階段をドスン、ドスンと音を立てながら降りて
立つとき座るとき腰や膝がギシギシ。
腕を動かすと肩や肘がギギー     てな具合。

それ以来、私の住む仙台は梅雨を思わせる天候続きで、またまた錆ついた感じ。

憂鬱な気分になっていた私ですが、昔友人から教えられた詩を思い出しました。

ニューヨークのリハビリテーション病院の壁に落書きされていたというもの

[苦難にある者たちの告白]
−ある患者の詩−

大事を成そうとして、
力を与えてほしいと神に求めたのに、
慎み深く、従順であるようにと
弱さを授かった。

より偉大なことができるように
健康を求めたのに
よりよきことができるようにと
病弱を与えられた。

幸せになろうとして
富を求めたのに、
賢明であるようにと
貧困を授かった。

世の人々の賞賛を得ようとして、
権力を求めたのに、
神の前にひざまずくようにと
弱さを授かった。

人生を享楽しようと
あらゆるものを求めたのに、
あらゆることを喜べるように
命を授かった。

求めたものは一つとして
与えられなかったが、
願いはすべて聞き届けられた。

神の意にそわぬ者であるにもかかわらず、
心の中の言い表せない祈りは
すべてかなえられた。

私はあらゆる人の中で
最も豊かに祝福されたのだ。
(訳者不明)



A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED

I asked God for strength, that I might achieve
I was made weak, that I might learn humbly to obey...
I asked for health, that I might do greater things
I was given infirmity, that I might do better things...
I asked for riches, that I might be happy
I was given poverty, that I might be wise...
I asked for power, that I might have the praise of men
I was given weakness, that I might feel the need of God...
I asked for all things, that I might enjoy life
I was given life, that I might enjoy all things...

I got nothing that I asked for -- but everything I had hoped for
Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.

I am among all men, most richly blessed!

これを書いたのは無名戦士だとか、あるいは患者であった神父などと言われています。

いずれにせよ、悲嘆にくれ絶望している時など、心の奥に響いてくる言葉です。
そして最後の一節に素直にうなずく気持ちになります。

願いはすべて聞き届けられた・・・きっと、私もそうなのだと思い直しています。

2009年5月27日 (水)

 猫の夢

Photo

病める飼い主を癒し続け、招き猫として仕事にも貢献。

その栄誉を讚えられ、コインになった灰色猫  (嘘)


お魚と一緒。なんて素敵!時には息抜きもしなくちゃ・・
後ろ向いてないで一緒に遊ぼうよ!!

Photo

娘に面白いものを教えてもらったので、早速おためし。

http://funphotobox.com/

2009年5月22日 (金)

ささっと

090429_184201

灰色猫が好きなもの・・・
それは、しゃがんでいる人の足の間に入ること。

以前はスタッフのTさん、今は娘。
しゃがんで何かをしてると、ササッと入り込んでいます。

この写真は、後ろ向きにしゃがんでいるところに入り込んでいるところ。


何故だか、男性は敬遠されています。



2009年5月20日 (水)

老いるということ

先週末は夫の父のお見舞いにでかけました。

義父はその2日前に脳外科で手術を受けたが、94歳にしては驚異的な回復ぶりsign03

くも膜下出血による痙攣のため緊急入院。翌日手術を受けたのだが、
頭がい骨にに小さな穴を開けてそこから血腫を取り除く手術だったとのこと。
部分麻酔なので負担が少なく、もう、一般病室に移って自由に面会できるのだ。

医学の進歩は素晴らしいhappy01

病室は6人部屋で、ベッドを回り込むように下げられたカーテンだけが唯一の仕切り。
日曜日だったのでそれぞれにお見舞い客が来ると人でいっぱいになる。

義父のお隣さんは92歳、向いの人も90歳近い高齢者なのだった。
この病院では、通院している人達の大多数は高齢者だという。

独身の弟が同居していたが、2年ほど前から義父は足腰がすっかり弱り
弟の助けを借りつつも何とか自力歩行をしていた義父。
今年の春、庭の草むしりをしていて転んで以来、徐々に不自由になってきた。

弟もこの夏で59歳。
老老介護と言うべき状況かもしれない。

 

それにしても、大正末期から昭和初期生まれの人達の生命力には驚嘆します。

私の父は、交通事故による脳損傷で、晩年はずっと入院生活を余儀なくされた。
それでも生来、心臓や内臓が丈夫だったので18年も生き続けたのだった。

18年という気の遠くなるような長い長い介護の年月。

私たち家族は入り組んだ複雑な事情を抱えていたので、
後からそこに入ってきた継母は父との絆だけを支えにしていた。

18年という時間をかけて、私たちがお互いの関係を見つめ直すために
父は何も語れぬまま生き続けていたように感じたのでした。

家族揃って父の最期を皆で看取ることができて
穏やかな父の顔は、最後の仕事を果たしたという感じだった。

父は無言の遺言として私たちに残してくれたのだと思いました。

私の周りを見回しても、親の年齢が90代、あるいは100歳という人がざらになり
一方で、子の世代が次々にガンを発症していることを思うと、
遺伝子レベルでの違いがあるのではと感じる。

それぞれに与えられた命の時間は、深い意味のあるものなのでしょう。

弟は義父とはうまくいってなかったのだけれど、介護をしていて変わってきた。
手術後、無事にICUに戻った父親に「生きててくれてありがとう」と思ったそうだ。

老いて身体の自由がきかなくなり、忘れることが多くなり、
意志の疎通がままならないこともあるでしょう。
でも、生きていること、そこに存在してくれていること、
そのことが私たちを支えてくれている不思議。



2009年5月19日 (火)

犬身

今日、やっと図書館で借りてきた「犬身」

ちょっと気になるタイトルでしょ?

主人公は叶わぬ恋をしている。
恋する人に焦がれるあまり、いつも身近にいられる犬に変身するという物語。

これから読み始めるところ。

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2009年5月14日 (木)

ユーモア

以前、サンドスタチンLARの血中濃度を一定にするための入院をしていた時のこと。

この病院では、入院時にバーコード入りの薄いプラスチック製の腕輪を
カチャリとはめられます。

この、はめられる・・・というのがうざったい。
検査ごとに名前や病名、病室、担当医などの情報を正確にPC入力するため、
とはいえ、繋がれてる感じ・・・

ある日、食堂で午後の一時を過ごしていたら、こんな会話が耳に入って来た。

「おれ、明日いよいよ出所すっこどになったがらナ」
「イヤ〜、アンダも今度のはナゲカッタナや〜」
「んだ〜。やっとこの手錠ばはずされっこどになったさ〜。せいせいする〜」

あはは・・私とおんなじこと思ってる。(この東北弁わがりすか?)


また別のある日、採血するための部屋での出来事。

自動受付機に自分のIDカードを入れると受付番号がプリントアウトされるので、
番号が呼ばれたらそれを採血担当のナースに渡す。

そこで名前を聞かれたあるおばあさん、「ナナスノゴンベ」と答えた。
ナースは一瞬たじろぎ、もう一度「お名前は?」と聞いた。

すると、このおばあさん語気を強めて「ナナスノゴンベ!!」ear

部屋中に聞えて、居合わせた人たちはびっくりしてそちらを注目。eye

実は、このおばあさんは何回も何回も名前を確認されて怒っていたのでした。

そして「名無しの権兵衛」と言ってたのでした。
私もン十年東北に暮らしてようやっと聞き取れるようになったのですが・・(゚ー゚;

でも、このおばあさんは私たちの気持ちを代弁してくれていたのかもしれません。

種々の検査を受けるたびに名前を聞かれたら、
しまいに怒り出してもおかしくないかも。

入院したらその煩わしさが無い分、管理下に置かれた無力さと居心地の悪さを
味わうことになる。

それまでの人生がどうであったか、どんなことに喜びを感じ、
どんなことに不安を抱くか、人間としての感情や、尊厳まですべてはぎとられて
「○○病」の患者として扱われること。

たぶん、おばあさんはそういうことに抗議したのではないか・・・そう思う。

閑話休題

そういえば日本ではよく見かけるのだが、
リヤウィンドウに「BABY  IN  CAR 」というステッカーを貼った車など。

どうせなら赤ちゃんだけでなく「BABAR IN CAR 」(おばあちゃん車)優先!
なんてあってもいいのでは?

生真面目になりがちな日本人よ、もっとユーモアを!!!



2009年5月12日 (火)

ハハの日

今年は5月10日が母の日でした。

私も実家の母に鉢植えのクレマチスを贈りました。
毎年色違いで贈っているので楽しみにしてくれています。

「母」といえば、古い話になるけれど
2年前の春に、友人が公園で拾った仔猫を預かった時のこと。
生後1ヶ月になるかどうかのチビ猫。

初めは人の手で世話をし、よちよち歩きでそこらを探検するようになった頃
気づくと灰色猫が世話を焼いているではありませんか・・・

ブレブレ写真で見えにくいかな?
仔猫をなめてきれいにしてあげています。

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母性本能ならぬ父性本能からなのか・・・
単に遊び相手ができたと思ったのか・・・

仲良し。でも、やんちゃがすぎると「メッ!!cat

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野生の状態だと、オス猫は仔猫を攻撃するものだけど
去勢した場合はハハ猫のように振る舞えるのか謎でした。

彼はかいがいしく世話をし、いつも仲良くしていたのに、
私の病状が良くなかったため里子に出してしまいました。weep

ちょっとだけハハになった灰色猫。


















2009年5月 6日 (水)

象の時間、ネズミの時間

ネズミは私で、象は娘。
???一体なんのことって思うでしょう?。

実は、心拍数のこと。heart01   

象の時間 ネズミの時間

外来受診の後で立寄る薬局に血圧計が置いてあり、娘は毎回計っています。
ほぼ一定して毎分60前後の心拍数。

ところが私は、日によって10前後の違いがあり、平均すると78くらいの心拍数。
一日24時間×60で換算すると・・・
娘は86400回  それに対して私は112320回

なんとその差25920。

これが体質や生き方に影響しないわけはなく、
私はせっかち。何か思いついたらじっとしていられない性分。

それに対して娘はゆっくりマイペース。話し方ものんびり。

つくづくコマネズミのような私。
私から見るとインド象のようなゆったりした娘。

せっかちな私は、待てなくて焦れてショートしてしまいそう。

娘が幼い頃、お風呂の時間になるとカウントダウンをしていました。
10,9,8,7,6,・・・・たいてい0になる前に慌ててやってくるのですが
これがいつもだと、さすがに効き目が薄れて、
こちらの意図も見透かされてしまった格好。

共働きだった私は、家事を早く終わらせたい、娘はマイペースで遊び続けたい。
次なる作戦は「天国と地獄」をタオルを持って小走りで歌うこと。dashdash
(よく運動会のリレーで流れている)

いやはや、よくもまあアホなことをやっていたもんだと我ながら呆れます。
子育てを愉しむゆとりが無かったんですね〜。

教訓として得たことは、「その人の体内時計を他人はコントロールできない」ってこと。
私もせめて乳牛くらいのゆったりしたペースだったら、人生が違っていたかな?





2009年5月 2日 (土)

ガンは呼びかける

一つ前のブログでR・シュタイナーについて触れましたが
バーゼルへの後押しをしてくれたT夫人は、シュタイナー療法を学んだ人です。
出会ってすぐに、1冊の本を薦めてくれました。

「時代病としての癌の克服」というタイトルで、リタ・ルロア著となっています。
この本の裏表紙に、とても心に響いた言葉がありました。

《医者は患者に対して、癌にかかったことは決して不幸なことではないと
確信させなければなりません。癌こそは、患者に対して新しい人生の
転換期になるものなのです。癌こそは、肉体的物質的なだけではなく、
霊・魂的な人間として、その在り方を変わりなさいという警鐘であり、
同時に恩寵でもあるのです。この唯物的な時代にあって、
癌こそはふたたび「私はいったいどこから来たのか、
そしてどこへ行くのか」という古来からの、人間の根源的な問いを
自らに課すことのできる病気です。
癌こそは、かつて若かりしころに持っていた情熱と理想を、
ふたたび自らのうちに献ずることのできる病気です。私たちは、すべての
患者を完全な治癒に導いてあげることができるわけではありません。
しかし、すべての患者に、人生をより豊かに生きるための指針や
チャンスを与えてあげることはできるのです。》

この言葉に出会ったとき、そうだ、その通り!と思ったのでした。
発病が同じ時期だった二人のガン友と、いつも語り合っていたことを
別の表現で目にすることになったわけです。

ガンほど、いのちが期限付きで与えられていたものだということを
はっきりと自覚させてくれる病気は少ない。

だからこそ、うろたえてしまう。多分、医療者の側もきっとそうだろう。
これまで担当になった医師達の何人かに感じた困惑や無力感も
ガンという病気からのメッセージを受け取ることができたら患者への接し方が
大きく変わるのだろうなぁ〜。shine


そして、私はぜひ付け加えたいのだけど、ガンになった今でも、
私たちを生かし続けようと頑張っている細胞や器官、臓器があるということ。
そう思うと、私のすい臓や肝臓がけなげでとってもいとおしくなります。

こうしている今も、同じ時間をガンと向き合い闘っている沢山の人に
いとおしさと、そのいのちのかけがえのなさを感じています。

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