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2009年5月20日 (水)

老いるということ

先週末は夫の父のお見舞いにでかけました。

義父はその2日前に脳外科で手術を受けたが、94歳にしては驚異的な回復ぶりsign03

くも膜下出血による痙攣のため緊急入院。翌日手術を受けたのだが、
頭がい骨にに小さな穴を開けてそこから血腫を取り除く手術だったとのこと。
部分麻酔なので負担が少なく、もう、一般病室に移って自由に面会できるのだ。

医学の進歩は素晴らしいhappy01

病室は6人部屋で、ベッドを回り込むように下げられたカーテンだけが唯一の仕切り。
日曜日だったのでそれぞれにお見舞い客が来ると人でいっぱいになる。

義父のお隣さんは92歳、向いの人も90歳近い高齢者なのだった。
この病院では、通院している人達の大多数は高齢者だという。

独身の弟が同居していたが、2年ほど前から義父は足腰がすっかり弱り
弟の助けを借りつつも何とか自力歩行をしていた義父。
今年の春、庭の草むしりをしていて転んで以来、徐々に不自由になってきた。

弟もこの夏で59歳。
老老介護と言うべき状況かもしれない。

 

それにしても、大正末期から昭和初期生まれの人達の生命力には驚嘆します。

私の父は、交通事故による脳損傷で、晩年はずっと入院生活を余儀なくされた。
それでも生来、心臓や内臓が丈夫だったので18年も生き続けたのだった。

18年という気の遠くなるような長い長い介護の年月。

私たち家族は入り組んだ複雑な事情を抱えていたので、
後からそこに入ってきた継母は父との絆だけを支えにしていた。

18年という時間をかけて、私たちがお互いの関係を見つめ直すために
父は何も語れぬまま生き続けていたように感じたのでした。

家族揃って父の最期を皆で看取ることができて
穏やかな父の顔は、最後の仕事を果たしたという感じだった。

父は無言の遺言として私たちに残してくれたのだと思いました。

私の周りを見回しても、親の年齢が90代、あるいは100歳という人がざらになり
一方で、子の世代が次々にガンを発症していることを思うと、
遺伝子レベルでの違いがあるのではと感じる。

それぞれに与えられた命の時間は、深い意味のあるものなのでしょう。

弟は義父とはうまくいってなかったのだけれど、介護をしていて変わってきた。
手術後、無事にICUに戻った父親に「生きててくれてありがとう」と思ったそうだ。

老いて身体の自由がきかなくなり、忘れることが多くなり、
意志の疎通がままならないこともあるでしょう。
でも、生きていること、そこに存在してくれていること、
そのことが私たちを支えてくれている不思議。



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