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2009年8月22日 (土)

おじいちゃんの聾老介護「聞こえ」の不思議

先日入院した義父は、少し容体が落ち着いて食事がとれるようになりました。
看護士さんには大げさなジェスチャーと口の動きをお願いしてきましたが
耳が聞えないために、こうした状況はとても不自由なことでしょう・・

義父に初めて合ったのは今から33年前のこと。
夫と結婚の挨拶のために東京から帰省したのでした。

にこにこして穏やかな人という印象でした。
それに、耳が聞えない割にはこちらの言葉を聞き取っているかのように見えて
どうなっているのか不思議でもありました。

聞けば6歳の頃に湯治に行った先で高熱を出し、それが元で難聴になったとか。
当時、こうした障害者への風当たりがきつく、差別もあったために
親が見栄や世間体を気にするあまり、
義父は聾唖者としての訓練を十分に受けられなかったそうでした。

しかし、家業を継ぐなかで自然と計算や読み書きの初歩を身につけ、
人の口の動きを見て、おおよその見当と理解をしていたようです。

それでも、人が後ろにいて話す言葉は、義父には聞くことができませんから、
ずいぶんと孤独な思いも味わったのではないかしら・・・

結婚して間もなくの頃に、最新の治療を受けさせようとしたことがありました。
紹介して頂いた都内のある病院で検査した結果、手術での恢復は無理だけど
補聴器でも聴力を取り戻せることが分かりました。

帰路、皆で抱き合って泣いてしまった出来事がありました。

試しに補聴器をつけたおじいちゃんと私たちとで電車を待つ間、
雷が鳴っている、と、言うので空を見上げた私たち。
それが、電車の音を指しているのだと分かった時の驚きようったら!!!

30年間も音の無い世界に生きていたおじいちゃんですから
ゴーッという音が電車の音だとは思えなかったのですね・・
それよりも日常身近に知っている雷の音として認識したのでしょう。

おじいちゃんが聞えた、おじいちゃんが聞えた!
義父、義母、夫、私と皆で抱き合って泣いてしまいました。

結局、その補聴器は1年後お蔵入りになってしまったのですが・・・

「聞く」ということのメカニズムは脳の働きと深く結びついており
聴力が取り戻せただけでは聞えたことにならなかったのでした。

ある音を自分にとって意味のあるものとして認識し、
なおかつ、その瞬間に周りに溢れている種々雑多な無関係な音を
意味のない雑音として聞き逃すという処理をする。

「聞こえ」とは、脳のこうした高度な処理を意味しているのでしたが
長い間訓練をされぬままだったために
義父の耳と聞えを司っている脳の部分が退化してしまっていたのでした。
そのため、すべての音が同じ音量、同じレベルで聞えてしまい、
大変なストレスになってしまったようです。

耳から血が流れて来たので、補聴器はやめたと言っていました。

しかし、どこか身体の機能の一部でも失った人は、別の能力が発達するとも聞きます。
おじいちゃんの場合、人の気配やその時の気持ちのありようを
わずかな電磁波の揺らぎを感じ取るセンサーのように受け取っているのを感じます。

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このおじいちゃんと、筆談でコミュニケーションを試みたことがありました。
主語述語の構文ならOK。○○が△△した・・というような
でも、複雑な文章はダメ。
方言ならOK。でも標準語はダメ。

幼い頃から耳に馴染んだニュアンスとイントネーションならば
口の動きでも読心術でOK。

嫁である私にとって、おじいちゃんとのコミュニケーションはハードル高い!
でも、一生懸命だという気持ちは伝わるようで、
あいまいな理解でも、まぁ、許してくれてます。

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