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2011年4月

2011年4月29日 (金)

地球のなおしかた

福島の原発事故以来、本棚から引っ張りだして読んでいます。
レイチェルカーソンの「沈黙の春」と「センスオブワンダー」

あれからもう数十年もたつんだな〜・・
私はなにかを学んで変わったかしら??

あらためていまだからこそ考え直してみたいと思いました。


映画『レイチェル・カーソンの感性の森』公式サイト


レイチェルカーソンの「感性の森」予告編


仙台では、震災の後シネコン系の映画館は復旧が未定です。
なんとか頑張ってるミニシアターで上映してくれないものか・・・


これもぜひ見たい!
セヴァンの地球のなおしかた」

覚えている方もいるかもしれませんが、セヴァンとは、1992年にリオデジャネイロで開かれた地球環境会議で、感動的なスピーチをした12歳の女の子セヴァン・スズキ。

「なおし方がわからないのなら、もう、これ以上壊すのはやめてください。」と、大人達に向けて訴えたセヴァン。
29歳のもうすぐ母親になる彼女から、私たちに向けたメッセージとはどんなものか。今、この時期にタイムリーな映画だと思うのですが、いかんせん、見れない!!!(。>0<。)


そして「100,000年後の安全」
10万年なんて、想像もできない遥か遠くの未来です。
こちらは、東北に住む私たちだけでなく、原発の放射性廃棄物がどのようなものなのかを知る為にも見るべき映画ではないかしら。

本作品はフィンランドのオルキルオトに建設中の、原発から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場"オンカロ(隠された場所)"と呼ばれる施設に、世界で初めてカメラが潜入したドキュメンタリー作品です。高レベル放射性廃棄物は安全な状態になるまで、10万年間かかると言われています。フィンランドでは、固い岩盤を掘削し地下500メートルにまるで地下都市のような巨大な施設を、自国の原発から出る放射性廃棄物の最終処分場として作る事を計画しています。現在の段階では正式に運用されるのは2020年を予定しています


私は、未来の人類がどんな形で掘り起こしてしまうかもしれないと思うと、この予告編だけでも怖くて身震いがしてきました。

映画『100,000年後の安全』


ここは21世紀に処分された放射性廃棄物の埋蔵場所です。
安全な所に保管する必要があります。
決して入らないでください。

放射性物質は危険です。
透明で、においもありません。
絶対に触れないで下さい。

地上に戻って、
我々より良い世界を作ってほしい。
近づかなければ安全です。

幸運を。

マイケル・マドセン(監督)

2011年4月26日 (火)

はまってます

以前から気になっていたものを昨日ようやくゲットしました。


それは
低反発マットレス!!ヽ(´▽`)/

これは○トリで買ったもの。

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数年前、次女が腰を痛めたときに使い始めてすっかりはまったというのですが、それを聞いた当時は半信半疑でした。

でも、昨年、頭の手術を受けた時に、その性能にすっかりとりこになりました。
そのころ私は骨転移が進行中で、背骨、腰、肩甲骨、肋骨などの痛みがありました。手術を待つまでの病室のベッドはマットレスが固くて、痛みをこらえつつ寝返りを打っていたものです。

ところが、手術後にICUで目覚めてみると、その不思議な寝心地にはすっかりとりこになってしまいました。体全体をすっぽりと優しくホールドしてくれるし、何よりも病室で感じていたような、固い物にあたる背中や腰の痛みが一切無くて驚きました。;:゙;`(゚∀゚)`;:゙

それが低反発マットレスでした。(もちろん医療用なので、性能はずっと優れていると思いますが・・)

いざ買うとなると、テンピュールはお値段が高くてとても手が出ない・・
お手頃価格の○トリのものでも試してみるには十分じゃないかということにして、家族3人分購入。
シングルサイズで1枚が7900円でした。

昨晩さっそく使ってみました。
私はベッド派なので、ベッドのマットレスの上に敷いて寝てみました。
少し沈みすぎる気はしますがぐっすり眠れました。

いつの日かテンピュールに・・・    ⊛(◔ั◡◔ั)⊛


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ボクはカシャカシャ音がするのが好きなんだ・・・ ( ̄∇ ̄*)ゞ 


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2011年4月18日 (月)

もどかしい

震災から5週間がたちました。

避難生活を余儀なくされている人達も
長期化に備えて避難場所を変更したり移転したり、
それぞれ苦渋の決断を迫られています。

岩手県は被災地域への建築制限を決定。
おそらく宮城もそうなることでしょう。
被災者にしてみれば、未だ行方不明の家族を見つけたいという気持ちもあるでしょうし、仮設住宅の完成がなかなかはかどらないこともあって、長年住み慣れた場所を離れたくないという気持ちとの葛藤もあることでしょう。

復興には様々な課題が山積していると感じます。
でも、瓦礫の下から、水仙の花やフキノトウが姿を見せていたりして、確実に春がやってきたことを告げています。地震で逃げ出した猫たちが家に戻ったという話も耳にしました。
また、みんなで一緒にがんばらなくちゃ!

石巻の被災者である義弟は先週から、毎日家の掃除や片付けに通っています。
先週末には、庭を埋め尽くしていた山のような瓦礫の撤去のため、
依頼した業者さんから9人ずつ派遣されました。
みんな同じ被災者同士なので、黙々と懸命に働き二日間でほとんど終わらせてくれたそうです。

そしてその後はボランティアの若者達がやってきて、ヘドロの溜まったところをきれいにして行ってくれました。報いを求めずに奉仕する人たちが実際にいることに義弟は心から驚いたようです。

右手奥にある家は奇跡的に無傷でした。庭の瓦礫(ほとんどが海側にあった製紙工場からの木材のようです)

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今日は次女の友人達も東京から応援に駆けつけてくれ、みんなで片付けに行きました。
あいにくの雨。しかも気温がかなり低いのでどれくらいはかどるでしょうか・・・

家の中は浸水したためにこんな状態。

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猫と私はお留守番です。
「はやく前みたいにのんきに遊びたいな〜」タオ ( ^ω^ )

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2011年4月10日 (日)

嬉しい再会

今月は6日にMRI、そして8日に脳外科と肝胆膵外科の外来受診と引き続き病院へ通いました。

6日のMRIの前に採血しようといつもの場所に行くと張り紙があって、移転した模様。
迷路のようにあちらこちらを通りやっと辿り着くと、待っている人で溢れかえっていました。

「これでもまだましになったんですよ〜」と、検査室の人。
3・11の東日本大震災当日、私は運良く午前中の診療だったけれど、午後になってもまだ検査待ちの人やら、処方箋を握りしめて家に帰れない人達が多数あり、病院中が大混乱だったそうです。

病院の中は、数年前から老朽化した旧病棟の耐震化の改修が行われていたこともあり、いっそう迷路化が進んでいました。毎回、行くたびに診療科の場所が変わっていたりするありさま。

でも、病院自体は25日から診療を再開しており、大多数の患者さんは必要な治療を受けられたようでした。もし、あの日に手術を受けていたりしたら・・そう思うとぞっとします。
事実、手術室が12あるうち、稼働できたのは2室だけだったために、緊急搬送で県外の他の病院に送り出された患者さんがいたとのこと。

いつもなら、検査後に立ち寄るタリーズカフェも営業停止。
パン屋さんでコーヒーを飲んでパンを食べる事ができ、ほっとしました。
エレベーターホールではいつもの数倍の量のお弁当が販売中だったので、お昼ご飯のために買い求めました。

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7日の夜、ベッドの中でうとうとしていた時に、突然グラグラッと容赦の無い激しい揺れ。
∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
11日の恐怖がまざまざと蘇ってきて、みんなもすぐに階下へ降りて台所へ。
ラジオをつけると、震源地が宮城県沖だというでありませんか!!
震度5強とのこと。先日の余震なのか、それとも・・・
近々襲うであろうと予測されていた「宮城県沖地震」そのものであって欲しい。

猫を捕まえてキャリーケースに入れ、もう大きな揺れが来ない事を願ってひとまず寝ました。


翌朝、以前として停電中の暗い家を出て外来受診へ。
脳外科では、朝から問い合わせの電話が鳴りっ放し。診療できるのかどうか、心配しつつ順番待ち。
わりに早く呼ばれ、先日のMRIの結果を聞く。
すると、またもや放射線科の医師は「やや増大傾向」とコメントしていたが、担当医は「僕はそうは思わないんだよね〜」と前回と同じ見解でした。
「どっちみち大きくなって差し障りが出たら切るしかないから。」とあっさりとのたまう。
いかにも外科医らしいな〜(゚ー゚;

その後、肝胆膵へ移動したら、なんと懐かしい顔に会いました。o(*^▽^*)o
同病仲間のSさんも同じ予約時間。
お互いの無事を喜び合いながら、地震の恐怖体験や、ライフラインがすべて途絶えてしまった震災後のサバイバル生活(?)の話などで盛り上がりました。
確か、彼のお姉さんが大船渡だったと思ったので消息を尋ねたとこと、山側なので無事だったとのこと。ほっとしました。

生活の上で一番困ったことは、食料不足よりも何よりも、トイレのこと。
彼はかねてから猫砂を大量に買っておいたそうで、それがとても役立ったそうです。
そして、ガソリンの携行缶を常備していることや、家族一人一人が持てるミニサイズのLED懐中電灯や、薪割り用のツールなど、一般家庭で準備できるサバイバル用のツールにえらく詳しく、ためになる話ばかり。

私も近所の友人が試したという、熱帯魚用のヒーターで浴槽の水を温めた話などをして、非常時でもたくましく生き抜いている周囲の人々の姿に元気づけられていたことを確認しました。
そして津波によって一瞬のうちに命を亡くした多数の人のことを思うと、こうして生きている自分は「生かされている」のだと思うと話すSさん。

このSさんだけでなく、私も病状が固定して現状維持の状態が続くと、かえって憂鬱になってしまう時があり、自分はこのまま生きていていいんだろうか・・と考える事がありました。
家族の精神的経済的負担、その他もろもろの負担のことなど、長期に亘る闘病生活を送っていると、つい、ネガティヴに考えてしまうものです。

でも、今回の災害で、
どんな形であれ「生きている」ことがなにより大切なんだという、シンプルな答えに辿り着くことができたなら、「生かされている」恩恵を感じられるこころを見いだせるならこの恐怖体験もムダではなかった。そういう心境も、同じ立場だからこそ安心して分かち合えたのかもしれません。

血液、尿の検査結果は良好でした。ヽ(´▽`)/
昨年の今頃は骨転移多発状態で、ALP値が1500以上にまで上がっていたのですが、今回は先月よりも更に下がって600台になりました。正常値の倍というところですが、以前に比べたら遥かに良い状態でした。主治医のE先生も、TS-1とスイスでのDOTATOCが効果を上げているんだろうと言って
ました。
当分はTS-1を一日おきの処方で飲み続けることで了解。

1階のタリーズ、今日から営業再開のはず・・・と行ってみると、店内は半分カーテンで仕切られ、テイクアウトのみ販売。昨夜の地震で床に亀裂が入ったとの事。

帰る前に、お花と果物を持って16階に入院中の隣人をお見舞いに行きました。
以前、生協の班で一緒だった踊りの先生をしている人ですが、昨年の暮れに肺がんが見つかり、それ以来抗がん剤治療のために毎月3週間入院しているとのこと。
彼女は今、イレッサを投与中。喫煙週間の無い女性で、遺伝子が変異しているタイプなのだそうだ。
「イレッサが効果を発揮するタイプは、「小太り」の人なんだよ〜」と笑う彼女。

お互いに、身近にいるガン患者だというので戦友のような連帯感を感じ、また来月も会う約束をして別れました。

生きているから、未曾有の災害に遭遇したりする。
でも、悲嘆にくれるばかりでなく、心の奥深くから繋がり合える喜びや感動もまた味わえることを再確認した一日でした。


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2011年4月 7日 (木)

ものわすれ

震災後、ずっと探しているのに見つからない「運転免許証」
最後に手にしたのはいつだったのか・・・
さっぱり記憶が無い。

最近、数時間の記憶がスッポリと抜け落ちてしまうことがよくあって
思い出そうにも思い出せないし、
手がかりがまるで掴めないので困ってしまいます。(ノ_≦。)


連日の放射能漏れのニュース、災害復旧のこと、相変わらず連続している余震
心が処理できない状態なのか・・


きっと私の頭の海馬はこんな感じでしょう。

記憶の糸がこんがらがってる・・

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それだけでなく、私の場合、あいまいな記憶に自己流の脚色がなされて、あるストーリーが出来上がるのです。∑(=゚ω゚=;)

先日のこと。
夫が避難して身を寄せている義弟に対して、石巻の市役所に行って罹災証明をもらってきたらどうかと言っていました。義弟はなぜか、まだ受付開始していないから行けないとか、他にも要る物があると言われたら二度手間になるからと言い、しぶっていました。

そこに
私「14日から受け付けるんでしょ?」
みんな「え??誰がそう言ったの?」
私「え??」
みんな「まだ日にちがわからないんだって」
私「お告げ??」

という、奇妙なやりとりをしました。
その翌日、テレビで14日から受付開始とのテロップが流れ、私の発言はある意味で正しかった事が証明されたのですが、自分でもなぜ14日なんて言ったのかわかりません。\(;゚∇゚)/


こんな欠落や勝手な補完が起きてしまう私の頭の回路は大丈夫なんでしょうか?
福島原発も心配ですが
私の頭の中もかなり炉心溶融がおきているのかも・・

復活祭のウサギチョコほか
たくさんの支援物資をおくってくれたみなさん、ほんとうにありがとう!!
癒されています。

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