何度も読みたい本

無料ブログはココログ

PRRT治療関連

2012年12月21日 (金)

ビッグニュース!

このお知らせは、おそらく今年一番の朗報だと思われます。(v^ー゜)ヤッタネ!!

以前から、横浜市立大学ではPRRTでの治療を前提にした新規患者の受け入れを行なっていましたが、ついに☆オクトレオスキャンを正式に実施することになりました。

問い合わせ先 

横浜市立大学 臨床腫瘍科・乳腺外科 (診療科部長/ 准教授 市川 靖史)http://www.fukuhp.yokohama-cu.ac.jp/

☆オクトレオスキャンとは
NETに特徴的なソマトスタチン受容体の有無と分布を調べる検査。
ソマトスタチンレセプターシンチグラフィー(SRS)とも呼ばれます。
全身への多発転移の有無の確認、他の腫瘍との識別にも有用とされています。
また、放射性核種標識ペプチド治療(PRRT)の対象となるかどうか、その必須条件とされている検査です。
こちらもご参考に
国際医療センター臨床試験について
国内でオクトレオスキャンを受けられる施設が2箇所になりました。
この情報は、1昨年にバーゼルでのPRRTを受けられたTさんより提供されました。
一人ひとりの患者の声が、医療機関を動かした結果です。
嬉しいですね。o(*^▽^*)o

2012年7月20日 (金)

14人目のPRRT体験者

水曜日に、関東では梅雨明け宣言されたそうですね〜。
そのニュースが届いた一昨日、とたんに爽やかな風が吹き始め、昼までの湿気ムンムンの暑さが嘘のように消え去りました。


前日の火曜日は、脳外科受診の日。
その後には胃カメラも飲む予定。
けれど、前日は蒸し暑くて寝苦しくて、夜をほとんど眠れずに過ごし、しかも寝る前の痛み止めを飲み忘れてしまったので、朝の目覚めは最悪!!胃カメラはキャンセルしたい・・・

憂鬱な気分のまま、帰省中の娘も一緒に3人で病院へ。
先週のMRIの結果を恐る恐る聞く。
「これが今回の画像の診断ですが、変化なしですね〜」

3人で一斉に「は〜っ」と息を吐く私達。


また2ヶ月後にMRIを撮って、その翌週に診察です。


さて、そんなこんなしている内に、しまうま倶楽部のHP宛にある方からメールをいただきました。
その方自身は、医療関係者であり、P-NET患者であるということ、
イギリスで今月中にPRRTを受ける予定であること、
ご自身の体験を提供してくださるとのこと。


これまで、イギリスに関しては殆ど情報が皆無でしたので、貴重な体験談を聞かせていただけそうです。
順次、ブログにもアップしていきます。

8月は13人めのKさんが2回目の治療でバーゼルに行かれる予定です。
お二人とも順調に治療できますように!!ヽ(´▽`)/

そして、経過が良好で帰国されるように心から応援しています。

さて、散歩が大好きな猫
最近は、ツメクサの中に埋もれてごきげん。

Th_

にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
にほんブログ村にほんブログ村 猫ブログ シャルトリューへ


2011年12月 6日 (火)

PRRT4回目の旅4 帰国

さて、前回のつづきです。
無事に退院・・・となる前に、支払いを済ませなくてはなりません。
会計の場所なら知ってるから大丈夫と思い、病棟から1階へ。
ここで通訳のKさんにお別れするつもりだったのですが、Kさんの好意で会計迄つきあってくれることになりました。これが、いわゆる虫の知らせというやつなのでしょうか・・・
もし、この時にKさんがいてくれなかったら・・と思うと冷や汗が出ます。


1階にあったはずの会計は見当たらず、Kさんが事務員の人に尋ねてくれた。(ドイツ語で・・この病院の職員はドイツ語しかできない人も多い。)
外の緑色の建物に行けと言われ、急ぎ足で建物を探す。この時点であと昼休みまで10分くらいしか残っていなかった。
ようやく探し当ててオフィスに行くと、ここでは取り扱っていないと言われ、しばし連絡待ち。がっくりしながらも素敵で可愛いインテリアに感心。

結局、大回りして病院の正面玄関まで行くことになり、そこでようやく探し当てる事ができた。
この時点で昼休み迄あと1分というギリギリセーフ!
私は疲れ果ててしまい、娘にカードを預けて支払いを頼んだ。

ところが、Kさんが切羽詰まった感じでこちらにやって来るし、娘も慌てている様子。イヤな予感。
支払い不能だという話に衝撃を受ける。モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

Kさんが、カード以外の支払い方法は無いのか交渉してくれたが、現金を引き出すにはATMのある場所を探さねばならず、昼休みになってしまうとこちらの人は何があろうと窓口を閉じてしまうという・・・

絶対絶命!!!……(ノ゚ο゚)ノミ(ノ _ _)ノ


もしや、行きの航空券のアップグレード分が原因で、利用限度額をオーバーしているのでは??
それなら、2枚のカードに分割して請求してもらえないかと交渉。
担当の人が金額を打ち込み、1枚ずつカードを入れた。(祈るような気持ち)
~(°°;)))オロオロ(((;°°)~

やったー!!  上手く行った〜〜〜〜!!\(;゚∇゚)/
担当の人もほっとした顔。そりゃそうよ。支払いできなきゃ日本に帰れないところだったわ。

Kさんは、お子さんの保育園のお迎えもとっくに過ぎているのに、
心配かけてしまって本当に申し訳ないし、時間オーバーさせてしまいました。
Kさんがいてくれて大助かりでしたが、ひたすら恐縮するばかりです。

それやこれやで、バーゼルの駅前で待ち合わせしていたたくわんさんにはすっかり待ちぼうけを食わせてしまったのでした。

慌てふためいて待ち合わせ場所に行くと、疲れ果ててテーブルにうつぶせになっていたたくわんさん。
Kさんが自宅で炊きたてのご飯で作って持ってきてくれた「おにぎり」を、カフェのテーブルに広げ、皆で食べました。ようやく人心地がついたのでした。

たくわんさんは、初めてお会いするのに、どこか懐かしい感じ。

たくわんさんは、フランスのコルマールというところにお住まいの日本女性です。
もともとはまことinサンフランシスコのまことさんのブログ友だったのですが、私のブログも読んで下さってメールのやりとりをするようになった方です。本当に不思議なご縁です。病気にならなければこうしてお会いすることもできない人だったのですから・・


実はこのとき、たくわんさんの顔色が気がかりだったのですが、この日が初対面でもあり、ぶしつけで失礼かもしれないと思ったので、そのことを口にしないまま別れました。
すると後日、あの時は高熱があったということが分かりました。すっかり身体が冷えきってしまっていたたくわんさん、その後、大変でしたね・・。
でも、そんな体調なのに無理をしてわざわざ来て下さったこと、本当に感謝しています。
今度はいつお会いできるかわからないので、私たちのために時間を割いて下さったことが心に沁みました。とても嬉しかったです。


バーゼルから電車で40分ほどの街コルマール

Colmar18


たくわんさんは、お子さんのお迎えの時間があるために、結局ほんの少ししか一緒にいられず駅でお別れ。
本当に貴重な時間をムダにしてしまったこと、そして一枚も写真を撮らずにいたことをあとでどれほど悔やんだことか・・・


その後、私たちはバーゼルからチューリッヒへ移動。
初日に宿泊した同じホテルに着いたのが午後3時ごろ。帰りの飛行機の状況を聞く為に空港のカウンターまで行ってみることにした。
十分空席があるので、アップグレードは可能ということだった。明日の朝8時から受け付けると言われたのでホテルに戻り、持参していたカップ麺で夕食を済ませた。

翌朝、ゆっくり朝食をとり空港のカウンターへ。すでに受付開始から17分経過していた。
1人分は確保できるけれど、もう一人分はキャンセル待ちになると言われて愕然とする。娘がカウンターに並び、30分以上待ち続けていた。もうダメかしら・・と諦めかけた頃に、ビジネスクラスからエコノミークラスに変更したいという旅客が現れた。なんという偶然!!!

ようやく航空券を手に入れて、11時の出発時間迄ラウンジで待つ。
この日は、空港内に子供達の姿を良く見かけるので不思議に思っていた。車いすを押してくれた職員の女性の説明によると、今日は小学生がそれぞれの親達の職場見学の日だとのこと。
どうりで、なんだか大人が張り切ってるのね。(゚▽゚*)

可愛いくてそっくりな女の子達。

991fbfae0bfe11e180c9123138016265_7

様々な職種に就いている親達の働く姿をじかに見ることで、将来の職業選択の参考になることでしょう。なによりも子供達に指導している親達の誇らしげな姿が印象的でした。


宇宙的な感じの照明器具のデザイン/チューリッヒ空港
1359fd820b7f11e1a87612313804ec91__2


ようやく成田に向けて出発です。今回は飛行時間を除けば、4泊だけのスイス滞在時間でした。
鎮痛剤のオキシコンチンを8時間毎に服用、その合間に座薬も6時間おきに使いながらの旅。
なんとかかんとかスイスへ辿り着き、治療を受け、そしてまたどうにかこうにか日本に帰ってこれました。

にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
にほんブログ村


2011年11月30日 (水)

PRRT4回目の旅3 治療の経過

さて、すっかり更新が滞ってしまいましたが、その後の経過をご報告します。;:゙;`(゚∀゚)`;:゙

病院の周りは紅葉がとても奇麗でした。
Th_img_0270


そして、病棟が工事中のために毎日この人が窓の外にいました。
ライナー・チムニクの『クレーン男』の事を思い出しました。
彼がいつどのようにしてあのクレーンに登っているのか、結局、退院まで謎のままでした・・

Th_img_0274


今回は、90-Y DOTATOCの静脈注射の際に、これまで感じた事の無いような震えが来ました。
薬液が全身に沁みわたる感覚・・・強いて言えばCT検査で造影剤を注射した時の感覚。
それがもっと強烈で、その後全身が小刻みに震えてました。


これまでは、薬液が入る時に針が刺してある部位に、ちょっとピリピリと焼ける感じがあるくらいでしたが、骨転移が広がったせいなのか全く違っていて自分でも驚きました。

その夜、同室の女性が眠れない様子にちょっと気になりながらも自分は爆睡。
熱も少しあったのか、気づくと汗ばんでいたり、あるいは時々何かを蹴飛ばしていたり・・

鎮痛剤と座薬を使って痛みのコントロールはできていたけれど、その後、むくみがひどく顔が倍くらいに膨らんで身体が重い。
そしていつになく喉が渇くので、病室に備えてあるペットボトル入りの硬水を、毎日1リットルずつ飲めた。これまでどんなに努力しても喉を通って行かなかったのに、今回はすんなり飲めて不思議。w(゚o゚)w


2日目は、午前中に腹部と全身二つのスキャンを受けて終了。
日本で受ける検査との違いは、食事を普通にとっても構わないこと。


検査の待ち時間、廊下にはアメリカ人らしき男性、スペイン人らしき男性とその通訳。
私を案内した看護師の男性は、フランス人で英語とフランス語が堪能。
ここはヨーロッパなのだと強く意識させられます。
同室の彼女は、もうひとりのハンガリー男性患者とその通訳の人相手に、ドイツ語とハンガリー語でお喋り。
アジア人は私ひとり。ぽつねん・・・・


夕方、担当のニコラ先生が来て簡単な説明。
おそらく今回も治療の効果が期待できるとのこと。
私が頭蓋骨腫瘍の増大が気になっていると言うと、その心配は無いとの事。
しばらく効果が持続しますように・・と、祈るような気持ち。

3日目(退院)の朝、全身のスキャンをとって検査終了。
担当医からの説明は10時だそうだ。

通訳のKさんの到着を待って、同室の女性
とそのご主人からようやく話を聞くことができた。


彼女は、小腸原発のカルチノイドで、肝転移あり。
ハンガリー国内で一度開腹手術を受けたそうだが、何もできずにそのまま閉じてしまったそうだ。
手術の翌日、自分の母親が同じように腸のがんで亡くなった為、ショックで激やせしてしまい、ようやく快復してきたばかりとの事だった。


私の疑問。なぜ、同じ治療を実施している他のヨーロッパの国ではなく、スイスを選んだのかと尋ねると、他の国々(スエーデン、イタリア、ドイツ、オランダ)ではLu-177を使用しており、唯一スイスだけが90-Y DOTATOCを使用しているからだとの答え。
おそらく、治療の回数が少なくてすむからなのか・・

そして、驚く事に、ハンガリーでは、NETの治療に対して、PRRT2回分の治療費を保険でカバーしてくれるとの事。なんてうらやましい!!
その為、30%の患者がこの治療法を選択するのだそうだ。


しかし、国が貧しく、二つの修士号を持つ彼女でさえも教師の収入は月収4万円程度。
3回目以降の治療費を稼ぐ為に、ご主人はオーストリアで出稼ぎしているのだそうだ。

今回も飛行機代が出せないので、車で来たというご夫婦。
あまりにも国情が違うことに驚きを隠せなかった。私よりはるかに知性も教養もあり、社会的な評価を受けるべき人がそんなに低収入だとは・・

実は、このご夫婦、ご主人が病室にいる間はずっと、ほとんど途切れる事なく良くお喋りをするのでした。私は、日本人の熟年夫婦にありがちな沈黙の時間が無い事にひそかに感心していたのですが、そんな実情があったとは・・・。なんとも切ない気持ちになりました。

そしてご主人の話では、ハンガリーでは、ここ20年くらい若年層のガンが多発しているということも。彼は環境汚染のせいだというけれど、私たちはチェルノブイリ原発事故との関連が頭に浮かび、複雑な気持ちでした。


お喋りに時間のたつのを忘れていたけれど、担当医にようやく呼ばれた。
担当医は、背が高く丸い目のハンサムなニコラ先生。


今回、骨転移部分も含めて取り込みが非常に良く、効果が期待できるとのこと。
その反面、広範囲に薬剤を取り込んだ骨細胞の破壊を懸念している。
おそらく、血液の数値はかなり悪いレベルが続くと思われる。

4回目なので、以前よりも快復がゆっくりだと思われる。
心配していた腰椎の骨に関しては、歩行は可能な程度の強度が保たれている。
今後、1、2週間の間は、治療後の一時的な反応のせいで、痛みが強くなるかもしれない。
痛み止めを増量して対処するようにとの事などだった。

説明を受けてやっと、ここまで来て治療を受けた甲斐があったと感じ、ほっとした。それと同時に、帰国後まもなく、熊本の実家の法事に行けるのかどうか心配になった。

病室でハンガリー人のご夫妻に別れを告げ、お世話になった看護師のマルティンさんたちに挨拶して退院。
しかし、この後、バーゼルの駅前で待ち合わせていたブログ友の「たくわんさん」を長時間待ちぼうけさせるはめに・・ヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノ


つづく・・

にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
にほんブログ村

2011年11月24日 (木)

PRRT4回目の旅2成田からバーゼルまで

さて、なんとかかんとか成田に着きました。
途中、曇り空の中でしたが、スカイツリーも見れました。

Syd1c

成田空港でも車いすでの出迎えを受け、この日宿泊するホテルまでタクシーを利用。
長旅に備えてホテルの大浴場で骨休めし、美味しい日本食を食べ、早々に就寝。

翌日、11月6日の朝8時に空港へ移動。
スイスエアーのカウンターに行くと、なんとエコノミー席は満席なので私が身体を休めるような場所はどこにも無いことが分かりました。

相変わらず上半身の骨が痛むので、やむなく直前のアップグレードをお願いして半額の料金でビジネスクラスに変更。でも、これで良かった。
横になれないエコノミーだったら、途中あまりのつらさに泣きたくなっていたでしょう。

初めて利用したスイスエアーのビジネスクラスは、ルフトハンザの座席とは角度が微妙に違っており、ほぼ完全にフルフラットになり、私はずっと横になって過ごす事ができました。

しかし、半ば予想できた事とはいえ、まさかの痛い出費!
夫よありがとう!!!

C55588e4081911e180c9123138016265_7


成田を11時に出発し、到着は同日の午後3時。
12時間のフライトはやはり長い!!座席の前に設置されているモニターで見る映画にも飽きて来た頃、地図を表示させると広大なロシアの上空を飛行中。まだまだ、旅は半分ぐらいというところ。

もういいかげんに乗り飽たという頃に、ようやくチューリッヒ空港に到着。ここでも車いすが出迎え。
ショートカットしてすべての手続きも並ばずに済み、短時間に外に出る事ができた。
今回宿泊するホテルは、ほとんど空港に隣接しているのでどうにか歩いて移動できた。

部屋に着くなり、ベッドに倒れ込み、爆睡!!
ベッドの寝心地が抜群に良かった。痛む骨もやさしくサポートしてくれるマットレス。

368fc56a0aef11e1abb01231381b65e3_5


以前お世話になった通訳のSさんがホテルに訪ねてくれ、娘と一緒に帰りの飛行機の予約状況や直前のアップグレードのことなどを調べてくれた。ついでに明日の車いす送迎のことも頼んでくれて大助かり。どうしても言葉が流暢にできないのでいろいろ躊躇してしまう事が多いのだけど、こんな時に頼れる人がいるとどれほど心強いものでしょう。
Sさん、いつも気にかけて下さってありがとう!


翌朝は、早起きして7時台の電車でバーゼルまで。
娘がホテルに依頼しておいたポーターが車いすで送り届けてくれた。
バーゼルまではおよそ1時間の旅。
駅からタクシーで病院迄。運転手さんが私たちが日本人だと知ると、前日バーゼルで開かれていたテニスの国際試合での錦織選手の健闘ぶりを讃えてくれた。
「にしこり」と言えずに「ねこしょり」って言ってたけど。(*^m^)

一年ぶりの病院は工事中。いつもの経路ではなく回り道。しかし、病院と思えないスタイリッシュなインテリア。

729d763c097411e1abb01231381b65e3_7


入院は10時。今回通訳を依頼したKさんとも病院で待ち合わせ。私たちの方が早く着いてしまったが、スタッフは顔なじみの人ばかりなのでスムーズにいれてもらえた。
看護士のチーフ、マルティンさんが、今回は急な患者があり二人部屋になったことを申し訳なさそうに告げた。どんな人かしら・・


いつものように、入院時まずすることは
●舌下錠のコルチゾンを服用・・これはPRRTの放射性物質が体外に排出される時に腎臓に負担がかかる為、あらかじめ腎臓を保護しておく為のもの。

●食事のメニュー選び・・・2泊3日の食事を毎食指定できますが、料理名を聞いてもチンプンカンプンなので内容の説明を聞き、想像力をフル稼働させて選ぶのですが、半分くらいはハズレ・・・

●アミノ酸点滴1リットル・・・これも腎臓の保護のためにあらかじめ点滴を開始、静脈注射に備えてルートを確保。根元に三つ又のコックがついた注射針を使用。


●医師からの問診・・・・これまでの経過、現在の体調、疑問など聞かれます。通訳してもらいながら
1週間前から骨の痛みがあり、急激に悪化しているのではないかと思っていることなど伝えました。


D8711c8809ac11e19896123138142014_7


さて、今回の治療はどういう反応になるのか・・ドキドキ (゚ー゚*)。oO
つづく・・

にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
にほんブログ村

2011年11月20日 (日)

PRRT4回目の旅 1(出国まで)

帰国してからも更新ができず、ずいぶん時間がたってしまいましたが
おかげさまで無事にバーゼルでの治療を受け、帰国する事ができました。

出発間際の11月初め、胸骨や肋骨が痛み始め、
しまいには腰椎まで痛みが出てきて、上体を起こしているのも辛いありさま・・・

こんな状態でスイスまで行けるだろうかと不安が募っていました。
とにもかくにも、痛みを抑える為にオキシコンチンを増量して対処。
今迄、朝夕10ミリずつだったものを15ミリずつにしたり、中間でロキソニンを服用してみたがあまり効かないようで、そのうちに胃が荒れたのか戻してしまったり・・・

2日ほど我慢して、腰の痛みが治まらないので近所のかかりつけ医に相談して座薬を処方してもらいました。ボルタレンサポ50ミリ。胃薬も処方してもらえました。
これが以外に良く効いてくれて、腰痛や骨の痛みが抑えられたのです。

明後日は出発という日の朝に、その時の体調によって決行か中止かの決断をしようと思いました。
痛み止めと座薬の併用でなんとかしのげそうな感触。

5日、仙台駅まで夫が車で送ってくれ、駅では事前に依頼していたので車いすがお出迎え。
新幹線で東京までは格安チケットでグリーン車。椅子のリクライニングも快適。足乗せもあって楽に移動できました。乗り換えも次々と車いすが出迎えてくれてスムーズに乗り継ぐことができました。


Toricotori

成田で前泊し、チューリッヒ迄の直行便スイスエアラインズを利用。
チューリッヒで一泊し、翌朝電車で移動して入院。
退院したら、また電車でチューリッヒまで移動し一泊。翌朝の飛行機で帰国。
今回は、あちらでの滞在は再短時間というスケジュール。

はたしてこんなハードなスケジュール、耐えられるのか???
つづく


にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
にほんブログ村

2011年10月 9日 (日)

破壊と再生のつづき

AppleのHPのトップにジョブズ氏の遺影が掲載されてますね・・

でも、いつまでもメソメソしていられないので
気持ちを切り替えて前回の思いがけない事実の続きを書きましょう。

私がもう一度バーゼルでの治療を希望しているので
主治医が先方に送るメディカルレポートを作成してくれました。
その中に沢山の画像があって
これまでの経過が一目瞭然なのでここで紹介します。

Slide_3


OCTとはサンドスタチンLAR(お尻の筋肉1ヶ月に1度注射)
90-Y DOTATOCとは、バーゼル大学病院で受けたPRRTに使用した放射性物質

Slide_4


肝臓に多発転移した腫瘍が次第に増大した為に、2008年の8月以降はほとんど肝臓が腹腔内を占拠している様子が分かります。


そして、2度にわたる90-Y DOTATOCの後、徐々に縮小していることも分かります。
驚いたのは、原発の膵臓の腫瘍がほぼCR(完全寛解)と表示されていました!!
肝臓の腫瘍が最大時直径8cmから4分の一以下のPR(部分寛解)
これは以前に主治医から説明を受けていました。ずっと維持できているようです。

こちらは、それに反して全身に骨転移している様子と、
頭蓋骨腫瘍の切除部位、ほかに多発している腫瘍の状態です。

Slide_9

幸いなことに、胸椎、腰椎が病的破壊や骨折をおこしているにもかかわらず、
今のところは神経組織への侵襲がないので立って歩く事ができています。
主治医は、PRRT以後に投与している抗がん剤のTS-1が
骨転移の細胞の増殖を抑えていると期待しているようですが・・。


なんとも不思議な状態になっています。

でも、頭蓋骨腫瘍に関してはのんびりと様子を見ていられません。
急を要するので、11月7日に再びPRRTを受ける事になりました。
また娘との珍道中で行ってきます。

そんなわけでしばらく更新できなくなりますが、帰国したらリポートしたいと思います。


それから、これは大事なお知らせです。
サリーさんが準備してくださっている
「カルチノイドと神経内分泌腫瘍患者の交流会」が間近になりました。

日時 2011年10月15日(土曜日) 14時半から16時半まで
場所 ホテル ロイヤルオーク五反田 3階レンタルスペース(JR五反田駅から徒歩3分)
http://www.hotel-royal-oak.com/rental/index.shtml

ご参加希望の方はサリーさんまでお知らせください。noteshineshine
カルチノイド腫瘍と闘う/サリーさんブログ

交流会だけでなく、二次会もあるんです。
皆さんがどれほど楽しみにされているかわかりますね・・

にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
にほんブログ村


2011年10月 4日 (火)

破壊と再生

気づいてみれば、もうすっかり晩秋の気配です。
朝、洗濯物を干していたら、ふっといい香り・・
庭の金木犀が咲いていましたし、紫式部も紫色のちっちゃな実をつけていました。
街路樹も少しずつ紅葉してきました。

皆さんの地域はいかがですか?

Th_0266299c9f2f451b9464671f4cf4303e
さて、前回のブログ/割り算のつづきです。

私はお盆の前にガンマナイフを受けたのですが、その後遺症というか、抜け毛が多くなり、しまいに5百円玉くらいのハゲが2つできました。幾つになっても、ハゲはショックですね〜(;ω;)

しかし、ガンマナイフの施術後の説明の時に担当医から、昨年切除した部位の骨が修復を始めている事を教えてもらい、自分自身の生命力に驚きました。
手術後は抗がん剤を飲んでいたので、細胞の破壊攻撃を続けていたのにもかかわらず、再生し、修復しようと頑張っていた訳です。凄い!

けれども、生命活動を活発に行っているということは、ガン細胞も同じく、いえそれ以上に陣地を広げようと一生懸命なのでしょう。
9月の始めのMRIではガンマナイフ施術後も腫瘍が増大しているとのリポートだった為に、治療方針の変更を余儀なくされました。
といっても脳外科医は「しばらく観察してみて大きくなったら切りましょう」とのことでしたが・・・


そんなのイヤだーhappy02sweat01

主治医からは、TS-1をこれまでよりも20ミリ増量して隔日に服用する事と、3年ぶりにサンドスタチンの筋注を再開してみるという提案。

窓口での支払いが6万7千円と薬局での支払いが3万2千円。しめておおよそ10万円!!!
これがいつまで続くのかと思ったら、かなり凹んでしまいました。

骨転移は他にもあってそれらが悪化するのを防げるかどうかも定かではないのに、毎月10万円ものお金が必要だと言う事が堪え難い。

思い切って、もう一度スイスに行けないだろうか・・・頭を何度も切り開いてチタンと置き換えるなんてできればしたくない。
これまでの経過、今後のことを家族に相談しました。


仮に、渡航費や宿泊代も含めて120万かかったとして、一年間効果が期待できるとしたら、
1ヶ月当たりのコストは10万
新たに始めた治療でも毎月10万と、結果的に同じ金額になること。
(あくまで楽観的な見通しなのですが)
今の条件で比較するならば、PRRTはずっと効果的で身体的な負担が少なくてメリットが大きい事、なによりこれまでの実績がある事、などなど・・


主治医にあらためてPRRTを希望していることを伝え、これまでの治療の経過をまとめていただきました。すると、思いもかけない事実が判明したのです。

つづく

これはおもしろアプリで チョーク絵になったTAOちゃんです。

52588376c2db45029cbc1e76bc1c7b97_7


にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
にほんブログ村


2011年8月29日 (月)

PRRTについての補足情報

春以降、私の管理しているサイトしまうま倶楽部のHPから、メールでの問い合わせを沢山いただいています。
その殆どは、PRRTという治療法についての質問でした。

それぞれの方とは、メールでやりとりをしていましたが、
どの方も、知りたいと思われていることは共通しているようなので、少しここで補足したいと思います。

PRRTの概略については、しまうま倶楽部のHPからご覧いただくとして

この治療法を実施している病院は、スイスだけでなく、スエーデン、イタリア、ドイツ、オランダとなっています。アジアでもシンガポールのゼネラル病院で近々実施の予定との事です。
ゼネラル病院についてはこちらをご覧下さい。

ついでに、どんな病院なのか、いくつかの記事も参考までに。
シンガポール ゼネラル病院

メディカルツアー/シンガポール ゼネラルホスピタル
シンガポール/ゼネラルホスピタル訪問記

また、アメリカのテキサスの病院でも治験が行われており、実施に向けて準備中です。


これらの病院の中でも、患者向けと医師向けの詳細な情報を公開しているのがドイツのバードベルカ。
そのHPがとても分かりやすいのでぜひご覧下さい。
ここの医師がシンガポールでのPRRT実施に向けての講演などを行っています。

原文は英語ですが、右側に言語を選ぶところがあり、japaneseを選ぶと翻訳されたものが表示されます。かなりへんてこな日本語ではありますが、概要は理解できるのではないかと思います。

バードベルカのことを「悪い」ベルカなんて訳してますが・・(汗)\(;゚∇゚)/

ドイツ/バードベルカPRRT情報


Th_


私の場合は、もう、他に手が無いという状況にあったので、自分の幸運を信じる気持ちでスイスでの治療に臨みましたが、果たしてすべての患者にとってベストの選択なのかどうか、私には分かりませんし、どうすべきかを尋ねられてもお答えする事はできません。
あくまで、ひとりの患者として、自分の体験してきたことをお伝えすることしかできないのです。

今後、PRRTを一つの選択肢として考えようとされる方に心に留めていただきたいことがあります。
それは、海外での未承認治療を受けるという事は、言ってみれば、治療が有効でも無効でも誰も責任を負ってはくれないという事です。
すべてはご自身の責任の範囲で行うということ。
往復の旅の間も、体調管理は自分自身でしなくてはなりませんし、戻って来てからのフォローを現在の担当医が引き受けてくれるのかどうか、はっきりと確認しておく必要があります。

また、費用もバカになりませんし、
すでに転移した状態で治療を受ける場合は、この治療を受けても完治できないであろう事や、一度で済むとは限らないということも心に留めておいて下さい。


ちょっと話題が重くなりました。

ああ、できたらこんなところでほっとしたい!!

00004221_1

にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
にほんブログ村

続きを読む "PRRTについての補足情報" »

2011年3月 9日 (水)

帰国報告(バーゼルPRRTの旅)

また寒波の影響で寒さが戻ってきました。
今日は北海道、東北から日本海側にかけて広範囲に雪☃のマークです。
春が待ち遠しいですね。


先月から今月にかけて、3人の方がスイスでの治療を受けられました。みなさんから、続々と帰国の報告を頂きましたのでご紹介したいと思います。

バーゼルの赤煉瓦の市庁舎

Dscf0899


まず、30代の若い女性Sさん(非機能性?)
昨年の11月に1回目を受け、そして今年2月に2回目の治療を終えました。
それ以前に受けていた抗がん剤の効果もあり、1回目、2回目ともLu-177での治療となりました。
心配されていた治療後の反応も、ほとんど出ないですんだようです。晩秋、冬それぞれのスイスの旅を楽しんで来られたようでした。


そして、二人目は60代の女性Tさん(ガストリノーマ)
一昨年の秋に骨転移が見つかり、抗がん剤の投与により増悪が抑えられていました。
今年はLu-177での治療が2回とY-90を1回の合計3回で1サイクルという治療計画です。
1回目の治療は反応もほとんど出ずに済んだようでした。


3人目は40代男性のSさん(VIPオーマ)
この方は現在、TS-1とサンドスタチンLARの併用で症状の緩和をしています。
ところが、PRRTを受ける前にはこの筋肉注射を中止しなければならず、症状のコントロールに苦慮されていました。(PRRTはソマトスタチン受容体が放射性物質を取り込む性質を利用しているため、一時的にサンドスタチンは使えなくなります)

Lu-177で1回、その後Y-90を2回、合計3回の治療計画です。
2月末に1回目の治療を受けられました。治療後に吐き気や倦怠感などの反応が強く出たために、帰りの旅ではかなり疲弊してしまったそうでした( ̄Д ̄;;。

治療後の反応も、快復の仕方にもその人その人のペースがあります。
Sさんが一日も早く快復できますように心から祈っています。

ところで、Sさんからの朗報です。
Sさんが今回依頼された通訳さんは、病院の秘書のBRIGITさんから紹介された方だということです。日本人の女性で、結婚してレーラッハに在住している方です。バーゼルにあるノヴァルティス社で日本語を教えている方だそうで、これまでにも3人の日本人の患者の通訳をされたことがあるとのことでした。

遠い日本から治療を受けに来る患者さんの役に立てれば嬉しいと、ご本人から病院側に申し出て下さったようなのです。
バーゼル行きを希望されていて、現地での通訳に困っているという方は検討してみても良いかと思います。何か困った時に拠り所になってくださる方の存在は、言葉が不自由なだけでなく、病気を抱えて不慣れな土地を旅している者にとってどれほど支えになるでしょう。

それに病院の研修医?にも一人日本で研修を終えた医師がいるとのことです。
少しずつですが、私たちにとって最難関の言葉の壁も以前よりぐんと低くなりました。

病室から見える景色。緑がふんだんにある病院の庭

Dscf2043

Sさんご夫妻は、私と同じく今回が初めての海外旅行でした。
初めての旅が治療を受けるための旅というのは、どれほど心細いものかわかりません(;´Д`A ```

旅慣れないせいでの緊張や、聞き慣れていないドイツ語だし、言葉の面でのストレスなど、なにもかもが初体験のために疲れが倍増してしまったのかもしれませんね・・(^-^;

私も、旅の手配や通訳さんの依頼などを自分でやりましたが、本当に現地で宿が取れているのかどうかも不安で不安でたまりませんでした。しかも老眼の目には表示が見えにくくドイツ語はまったくちんぷんかんぷんで意味不明。
また、空港のカウンターでは、(友人からのアドバイスで、「今にも死にそうなくらいに、病人であることを大げさなくらいにアピールすべし」)を忠実に実行したつもりでしたが、それでも気恥ずかしくて控えめ??だったかもしれません。


車椅子の手配など、航空券の予約時に依頼しておくと(出発時、到着時とも)広大な空港での移動が比較にならないくらいラクチンです。税関の通過、荷物の受け取りも手伝ってくれます。
こんなときこそ、「がんサバイバー」であることに誇りをもって、手助けを求めて良いと思うのです。
(ハンディキャップのある人や病人に対しては接し方が違うことを痛感しましたので)

日本人の「忍耐は美徳」なんて、ぜった〜い通用しません!!!
具合が悪い時も、痛いとかなんとか、本当に大げさなくらいに表現しないと、あちらの方から気をきかせて何かやってくれるなんてことは絶対にありませんね〜。

もし、今回の旅で、あちらの人たちは冷たくて不親切だと感じた方は、次回、思い切って図々しいくらいに要求を伝えてみましょう!! ( ̄∇ ̄*)ゞ 

こちらは病院の付属ホステルの部屋から見た向かいのカフェ
夏は外のテーブル席で夜遅くまでおしゃべりしてて楽しそうでした。

Dscf2045


にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
にほんブログ村